今年心に残った本─ブッダの教えとは─


        (『ブッダの道の歩き方』)
フセインが死刑となった翌日
 
紅白歌合戦では絢香が「三日月」を持って初登場。よかったね。
あの今井美樹の「PRIDE」、夏川りみ「花」、徳永英明の「壊れかけのRadio」そして秋川雅史千の風になって」と良かった。
裸!?ボディスーツ騒動にお株を奪われてしまったが。
K1では須藤元気が勝って衝撃の引退表明するなど大晦日は目が話せない。
ここのところしばらくは、硫黄島の膨大な死者と話していました。では、どうすれば..大晦日は原点に戻って、「ブッダの教え」をスマナサーラ長老に教えてもらいたいと思います
1 衝撃の『無常の見方』(スマナサーラ)...「我々は「無常」という大海にいる「一滴の無常」」

無常の見方 「聖なる真理」と「私」の幸福    お釈迦さまが教えたこと1

無常の見方 「聖なる真理」と「私」の幸福 お釈迦さまが教えたこと1

“「無常」って当たり前”という凡人の思いや日本人の仏教に対するイメージの多くを形成している「大乗仏教」の考え方などの「常識」をスマナサーラ長老がぶち壊そうとしている本として衝撃を受けた。私としては長老の講演も聴いた上で、現代の数少ない「聖人」と思うし、この本も「生き方の基礎」として、ほぼその通りと受けとめていますが、歴史に興味のある立場からは、特に大乗仏教との整合性をどう整理するか困難な課題となりますし、死後のことは分かりません。(◎はすぐ役立ちそうです。※自虐的ですが「真理はその人のレベルに合わせてしか理解できない」というのは本当ですね)。
【衝撃の言葉】から
・「変わらない自分が変わる世界を観察する」構図は「邪見」⇒「自も他も一つの流れとして変化する」
・「悟りとは「なんだ、自分はなりたたないのだ」と知ること」
・「生命は「ただ生きている」のです。生きていることに自体に目的はありません」
・「「一切皆空」はブッダの教えではありません」「お釈迦様は「すべての現象は原因によって一時的に組み立てられたもので、常に変化しています」
・「大乗仏教ブッダの教えを骨抜きにする」「ブッダの説いた教え、解脱まで「空」にしてしまいます」 「「般若心経」はブッダの言葉ではありません(中略)すべてを否定しているだけです。なんの役にも立ちません。」
・「ブッタは仮説を立てずに調べていく」
・「仏教は自分という存在について因縁で説明した教え」であり「「因」は原因、「縁」は条件(結果に影響 を与えるもの)」
◎ 「計画=原因と条件で「変わり方」を変えること」そして「時空関係を調べて調べて計画を調整する」
・「苦しみが生まれる過程を、冥想という方法で体験的に発見し、智慧によって苦しみの原因である執着を捨てるのです」
・「全ての現象は無価値(「」)」で「世界には因果法則があるだけ」
・「苦しいから「輪廻」するのです」
◎「心は今の瞬間に集中」し「よい原因を作りましょう」
・「物質に依存して心が変わる 心に依存して物質が変わる」
・「誰しも過去世に数限りなく死んでいますが、そのことは思い出せない」
・「死につつある現実を受け入れ」れば「死後必ず梵天か天界に生まれます」
「無常」は「永遠」? 「空」という「無常」? 変わる「私」?  なにが「輪廻」するの?

            (「PRIDE」今井美樹 紅白歌合戦 )
2 心に沁みる『ブッダの歩き方』...スマナサーラ立松和平の対話
紅白歌合戦とK1を交互に聴きながら、たまに見ながら書いています
ブッダの道の歩き方

ブッダの道の歩き方

暖かい人柄と自然を愛し、歩いた豊富な経験を持つ立松和平さんとの対話によって、スマナサーラ長老が暖かくブッダの教えを説いている点で日本人にはなじみやすい本とななったと思います。スマナサーラ氏の日本古来の「神仏習合」に対する理解にはホッとしました。高尚な教えより「重態の老いた母にいかに接するか」と繰り返し尋ねる「人間的な」立松氏にスマナサーラさんが説くところは同じ境遇の人々にとって福音と言えます。『無常の見方』の実際が具体的に展開する点がいいです。最期の母の介護をすることができたことを思い出します。
【心に残る言葉】から
・立松「無常だと言うことは当たり前。(中略)僕は母親が死にそうなことが悲しくて悲しくて..お坊さんはそういうことが断ち切れるんでしょうか?
スマナサーラ「無常に立ち向かうということ」「大切なのは「では、どうすれば?」という一言なんです」
「楽しい思い出をたくさん作らなくちゃいけないんだ。「母親の笑顔をもう少し作ってやるぞ」というふうにね」「「お祈りしてあげますからと」と断って「生きとし生けるものが幸せでありますように。...」
・立松「神社という場所に神霊を見るというのは、自然の摂理とかいろんな自然に対する畏怖の気持ちを人格化したもんだと思っています」
スマナサーラ神仏習合に見られるように、排他思考を持たない信仰の姿があるということ。その意味を世界の人間は考えたほうがいいんじゃないかと思います」
スマナサーラ「本当は一人ひとりがなにをするのかが大事なんであって、神はいようがいまいが、」
スマナサーラ自力・他力と区別するなよ、ということです」
スマナサーラ「「自我なく行動する」ところにのみ、幸福や楽しみがあるんです。」
スマナサーラ生そのものに矛盾があるんだ」「お釈迦様がなぜあえて「殺生をしてはならない」ということを言ったのか? そこで矛盾に出会ってほしいからなんです」
・立松「ああ、そういうことか」
スマナサーラ輪廻にはめられてるんだ」「解脱涅槃という仏教用語でいっている自由とは(中略)「自由になった」という意味なんです。」
・立松「死ぬことによって本当の解脱が」
スマナサーラ人間と自然を観察するということは、最高の智慧に繋がるですよ」